バンダとはネパール語で「
」閉じたという意味です。
それがストライキと同じ意味合いで使われているようです。
バンダは指令する団体によりいろいろあります。が、中身は交通機関・学校・商店・会社の「休業・休校」で市民生活がマヒします。マオイストのバンダの場合は「休業・休校」が自発的なものではなくて強制的に行われます(営業していると石を投げられたり、報復されたりする場合があるので皆、休みます)。2005年1月1日に行われたタメルバンダは警察が祭りに介入して逮捕者が出たことに対する抗議スト(タメル観光協会が指令したバンダ)です。
バンダ以外に「チャッカジャム」という交通妨害(道路封鎖)もあります。これはバス組合やトラック組合が政府の政策に抗議する時に行ったりします。2004年、ネパール〜インド直行バス運行を認可した政府に対して認可取り消しのストを行う計画もありました。マオイストの道路封鎖も2005年は多く行われていてインド方面からの物資が滞り物価が上昇しています。
学生団体のバンダや抗議活動(「反・後退:王クーデター以降パンチャヤット体制に後戻りするという危惧からの抗議行動」、石油製品値上げ)も最近は多く行われています。町中で古タイヤを燃やしたり警官隊と度々衝突を起こしています。集会が開かれている場所や大学(キャンパス)周辺には近づかないことです。一番過激な気がします。過去にホテルのストもありました。泊まり客は追い出され大変。RA(ネパール航空)のストや。ビール病院の麻酔医のスト(2005/1/23)も行われたことがあり手術を待つ患者さんが大勢困っていました。書き出すときりがありません。ネパールはストライキが多い国です。2004年3月4日にネパール政府は公益企業のスト禁止を発表しました。が変化は見られない。
2006年4月6日から始まった「民主化バンダ」は4月24日の王の演説で終結した。4月25日の新聞は「People Power Wins」とあった。7政党とマオイストの協議が始まった現在、マオイストが指令する「バンダ」は聞かれなくなったが各地で色々な揉め事が起きている。カトマンズ市のゴミ処理問題、石油製品値上げ問題(今は沈静化しているが。2006年8月18日ネパール政府は石油製品を値上げ。抗議行動が各地で始まる:政府の値上げ撤回で終息)、規制に対する抗議活動(タクシー運転手、学生)も活発化している。2006年後半からタライ地域で民族紛争(JTMM、MPRFなど)によるバンダやチャッカジャムが頻発しています。陸路でタライ地域やマヘンドラ国道を通ってカカルビッタ経由ダージリン、シッキムへ向かう場合は情報を良く確認して移動しましょう。逆のインドからカトマンズに陸路を利用する場合も同様です。事前に知ることが出来ない抗議活動が多いので巻き込まれないように注意しましょう。
最近は「交通事故バンダ」が増えています。交通死亡事故の犠牲者家族・親族が補償やひき逃げ犯の早期逮捕を要求して道路を遮断します。カトマンズ〜ポカラ間のプリトビ国道やマヘンドラ東西国道で頻発しています。それだけ交通事故が増えていると言えます。長距離バスで移動するときは食料・水の確保をお忘れなく。
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初めてバンダを体験したのは1998年の4月6日でした。4月6日というのは1990年の民主化運動の命運を決した重要な日です。町の様子は車が走っていないので排気ガス、ホコリがなくとても快適です。商店、土産物店、レストランなどほとんどがお休みです。営業していると石を投げられたり、報復があるので皆、休業です。ホテルは門を閉じたりしていますが宿泊客には問題ありません。路地裏の店などは営業している場合もあります。夕方になると店を開くところもでてきます。
1.ほとんどの公共交通機関は動かないので移動が出来ない。移動日に当たる場合は日程を変更して早めの移動などを検討。
2.デモや集会が行われる場所(カトマンズではニューロードやニューバネスワル周辺など。ラトナ・パーク周辺は現在はデモ集会禁止になっています:2005年当時)へは近づかないこと。マオイストバンダの場合は政府関連の建物、軍関連の施設には近づかない。キャンパスの周辺(タメル北側のレクナートマルグにあるアムリットサイエンスキャンパス周辺は要注意)も近づかない。投石(投レンガ)やタイヤ燃焼が多いのでご注意。
抗議行動が行われる場所の地図(This map:doc書類)在ネ米国大使館
3.バンダが数日間連続で行われる場合は、ある程度の食料・水などを確保しておく。バンダ当日(初日だけ二日目以降は商品が無くなって店仕舞い)でもネパール人が住む住宅地であれば早朝に店は開くので買い物(牛乳、野菜、果物)は出来る。が、タメルや王宮通りにはそのような商店は殆ど無いと思われます。宿近くの水(ペットボトル)を買う店は要チェック。
4.旅行社、日本大使館(FMラジオ:88MHzで在ネパール日本大使館情報が送信される場合もありますので長期滞在の方は準備されると良いです)、ホテル、テレビ、新聞、インターネットなどから情報を入手する。「緊急情報飛脚ルート」
5.外出する時は周りの状況に注意すること。バンダではないですが過去(2000年12月)に「インド人俳優の話」から突発的暴動が数回、発生して女学生他が亡くなるという悲しい事件も起こっています。2004年9月1日にも「イラクのネパール人12名殺害事件」で海外派遣会社、イスラム系の会社、寺院等が暴徒に襲撃されるという事件も起こっています。
6.バンダや道路封鎖が行われる数日前から爆弾爆発事件が増えてきます。バンダや封鎖を成功させるための「威嚇」で爆弾爆発事件を起こします。選挙前(2006年2月8日)は公共の建物が被害に遭いました。夜間や早朝は特に注意をしましょう。2004年にタメル滞在中爆発音を聞きました。打ち上げ花火のような音が3回、マッラホテルに爆弾が投げ込まれて爆発した音でした。
7.夜間は出歩かない。特に夜一人で「人がいないところ」を歩かない。タメルはまず大丈夫ですが人通りがないところ(ボーダナート周辺は要注意)では強盗が出ます(バンダの日と直接関係はないです)。オートバイには乗らない。不用意に兵士や警官の写真は撮らない。撮る場合は必ず許可を貰うこと。
入国手続きは問題ありません。空港からの移動は「臨時バス」か「リキシャ」あるいは「徒歩」になります。「臨時バス」は最近ではルートが3種類ぐらいあるようです。私が利用した時(2001年5月28日、本来は5/27でしたがRAが欠航した)は空港からエベレスト・ホテル前のトロリーバスが通る道を走り、ブルーバード・ホテル近くを通り終点が現王宮の斜め前の角(タメル近くのトリデヴィ・マルグ)でした。そこから荷物を持ってホテルに行きました。「臨時バス」が何本出るのか?どんなルートなのか?という情報は旅行社あるいは航空会社が一番分かっていると思われますので確認をしておきましょう。夜間に到着の場合はホテルに迎えを依頼しましょう。バンダでも迎えに来てくれるホテルを選びましょう。(私の経験と情報から)
陸路で入国する場合は交通機関が動いているか確認をします。2006年2月5日のバンダの場合インド国境のスノウリでは数日バスの運行が止まりルンビニへ行くアジアの巡礼者やポカラやカトマンズに入る外国人旅行者が足止めされました。
また、交通封鎖が行われている場合でも交通機関が動いていれば移動は可能(軍のエスコートが行われますがマオイストの攻撃対象となる場合もあります)ですが通常の移動時間の数倍の時間(カトマンズまで3日間掛かったという人がいます)が掛かることを覚悟しましょう。(通常、国境のスノウリから早朝出発すればカトマンズやポカラには夕方には着きます)東部のカーカルビッタからは夜行バスが多いのですがなるべく夜間の移動は避けましょう。「夜間は強盗、マオイストの襲撃(現在はありません)、交通事故が多い。国道沿線で夜間外出禁止令が出ている場合は手前でストップ、宿泊」等の問題があります。
2007年1月中旬からタライ地域でマデシ系住民の暫定憲法反対(選挙に関する抗議)活動が続いています。陸路でインドへ移動することが出来ない場合もあります。状況をよく確認して行動しましょう。(
外務省)
空路:バラナシ〜カトマンズ 国際線 (インディアンエア、コスミックエアが運航を再開)
バイラワ(スナウリ、ルンビニの最寄り国内線空港)〜カトマンズ (毎日複数便あり)ポカラ週2便(RA)
バドラプル (カーカルビッタから約30kmの最寄り国内線空港)〜カトマンズ (毎日複数便あり)
事前にバンダの計画が分かっている場合は利用するホテルやネパール観光局(NTB)、航空会社で空港までのバスが準備されているかを確認しましょう。無い場合はホテルや旅行社で空港までの移動方法を相談しましょう。移動手段が無い場合は空港近くの宿に前泊しましょう。突然(前日に分かる場合など)のバンダの場合は歩いて空港まで移動する必要があります。タメルから歩くと2時間前後(荷物の量で変わります)かかります。最悪の事態を想定して行動しましょう。